カテゴリー: 思ったこと

日本の就活は気持ち悪いから学生は好きにしたら良いよ

日本の就活は気持ち悪いから学生は好きにしたら良いよ

会社のデスクに座っていると、採用面接のやりとりが聞こえてきた。
面接に応募してきたのは学生だ。面接官は僕の知らない上司だ。
やりとりを聞いて、なんともむずがゆい気持ちになった。
なぜなら、僕がいまその面接官と面接したらまず間違いなく不採用になると思ったからだ。
その面接官の質問に、僕は頭のなかで答えを返そうとした。
あまりに抽象的な質問や、意味のわからない質問が山ほどあった。
僕は僕なりにその質問に答えることはできるだろう。
でも面接官が望むような答えは、おそらく僕からは出ない。

面接でよく問われる以下のような提携質問がある。
「あなたの強みはなんですか?」
「いままでの経験を話してください」
少しでも働いて経験を積んだ人ならある程度話せることを持っていると思う。
僕はいまなら、「僕はこういうことしてきました」、「こういうことなら結構うまく出来ますよ」というのは言うことができる。
しかし、ただただ学業に専念してきた学生には、少し大変だ。
僕が大学生の時には、この質問にはうまく答えることができなかった。
まわりと自分がどう違うのか、それすらもうまく掴めない。それゆえ差別化もできない。

ほかに面接官はこんな質問をした。
「社会人にとって大切なこととはなんだと思いますか?」
この質問に学生はうろたえた。
うんうん、うなり、苦しんだあげく、「あいさつをすることですかね?」と答えた。
すると面接官は強い口調で「それは人としてのあたりまえだろう!」と返した。
僕は軽く笑ってしまった。僕のまわりには、それがうまくできない人たちが大勢いた。
僕よりキャリアの長い人たち、「社会人」として何年も生きてきた人たち。その人たちの中に
あいさつが苦手な人達。そんな人達は大勢いた。
ただ大切なのは、その人たちは自分が得意なことをすると、結構すごい人たちだ。
だれにだって得手不得手はある。
平均的で面接官のステレオタイプにかなう人じゃないと、どうやら採用は大変なようだ。
意見の不一致に同意できる日本の会社の面接官はあんまりいないみたい。
特に会社が大きくなればなるほど。

さらに面接官は「一流の社会人とはなにかわかるかね?」と学生に聞いた。
この質問に学生はさらに窮する。
僕はさすがに、やれやれこれが老害か、と思わざるを得なかった。
そもそも社会人ってなんだろう?
どうやら学生は社会人ではないようだ。
主婦や主夫は社会人なのか?
金を稼げば社会人?
じゃあパートタイムの人は?
宝くじで億万長者になって仕事していない人は社会人?
株や印税で不労所得をしている人は社会人?
考えれば考えるほど意味不明な言葉だ。
おそらくはじめから意味の無い言葉なのだろう。
もし仮に社会人がビジネスマンであるのなら、答えは簡単だ。
より金を稼ぐ人。それが一流の社会人。
環境壊したり、人をできるだけ安く使ったり、もうとにかく利益がでればなんでもオッケー?
なんか違うと、僕は思う。

面接官はその後、長々と持論を展開した。少し陶酔しているような口調で。
僕は居酒屋で酔っぱらいのたわごとを聞いているような気分になった。
なにを言っているかよく分からない。

面接に来た学生はおそらく不採用になるだろう。
面接官は面接の最後に、学生に対し叱咤するようきつい言葉を並べた。
今日は落ち込んだに違いない。
面接ってもっと自然に出来るはずなのにどうしてこんな感じなんだろう。

僕はその学生に、自分の好きな生き方しても大丈夫だよと伝えたくなった。
その子には、その子なりの得意なことや好きなことがあるはずだし、それについてならもっとうまく話せたんと思う。
もっと自分にあった場所はどこかにある。それは見つかるまで探し続けて欲しいと思った。

この学生に限らず、もっとみんな自由に、自分の好きなようにやっていいと思う。
だれもやってないことやってもいい。
好きなことをしてもいい。
行きたいところにいけばいいし。
まわりの忠告なんか聞かなくていい。
とにかく自分で考えて、自分で決める。

だれが決めたのか知らないけど、新卒で会社に入って上を目指す!みたいのは古い考え方だと思う。
別に上なんか目指さなくてもいい。横に行ったり、別の場所に行ったって良い。
自分の好きなとこに行けば良い。

こんなこと言うと、「あれ?僕も老害かな?」と考えてしまう。
でもそれでもこういうことは伝えたい。

フィンランドのドキュメンタリー映画「365日のシンプルライフ」を見て、モノと幸せについて思ったこと。

フィンランドのドキュメンタリー映画「365日のシンプルライフ」を見て、モノと幸せについて思ったこと。

 

はじめに

こんにちは!!映画大好きケイゴです。
突然ですが、みなさんの部屋には今どれくらいの「モノ」がありますか?
おそらく自分でも把握できないくらいたくさんのモノに囲まれているのではないでしょうか?
今回は僕が「365日のシンプルライフ」を見て、自分が必要とするモノについて考えてみました。

どんな映画?

ヘルシンキ在住、26歳のペトリは、幸せを見つけるためにある実験をすることにした。

ルール:

  • 持ち物はすべて倉庫に入れる
  • 持ってこれるモノは一日にひとつだけ
  • 一年間続ける
  • 一年間なにも買わない

こんなにたくさんのモノがあるのに、どうして自分は不幸なのだろう。
ペトリはその疑問から出発し、自分が本当に必要とするモノを見つけ出す。

自分がなぜ不幸なのか、考える場所が必要となった

考えるためのスペースを確保するため、ペトリはモノを排除した。
たしかに部屋にテレビやパソコンや本屋や漫画やCDがあると暇を潰せる。
でもその娯楽で自分をごまかして、本当に必要なモノが見えなくなる。

それらの「モノ」を持ってあなたは幸せですか?

なにが本当に必要なのかは、自分で見極めないといけない。
自分がソレを本当に必要しているかどうかは、一度手放すと簡単に分かる。
自分が本当に必要としているモノは、自分の手の中に戻ってくる。
これは僕の経験から得た教訓だ。
ロンドンにワーホリで行った時はスーツケースひとつだった。
携帯やパソコンもなしで行った。
音楽もやりたいと思っていたけど、楽器も持たずに行った。
でも全部自分の手の中に入ってきた。
必要なモノは自然と戻ってくる。

「モノ」を持つことは幸せか

モノがなにもないと不幸かもしれない。
たとえば、家にベッドがない。
冷たい床で寝るのはつらい。
でも最低限生活できるモノがあれば、それでいい。
モノがあると、快適に過ごせる。
快適に過ごすことは出来るが、幸せにはしてくれない。

「モノ」を買うために働いているの?

お金があれば、モノが買える。
でもたくさんモノがあっても、幸せにはなれない。
幸せであることは、人生にとって大切だ。
幸せであれば、なにもいらない。
そう言ってしまっても、言い過ぎではないと思う。
頑張って働いたお金で、モノを買っても満たされない。

僕にとって必要なモノはなんだろう?

僕にとって大切なものは「自由」だ。
たとえばコミュニケーションの自由。
友達と連絡を取るのにパソコンや携帯がいる。
だから僕にとってiPhoneは必要なモノだ。
モノの奥には人との交流がある。
僕の人生にはこれが欠かせない。

人には人が必要

「いま一番恋しいものはなに?」ペトリのいとこのピック・イェッセが尋ねる。
ペトリが返事に困っていると、ピック・イェッセがこう言う。
「恋人はいるの?それが恋しいものだね。まだ見つけていない。いつ、見つけるつもり?」

ペトリが学んだこと

生活に必要なモノは100個くらいだと分かった
その次の100個は生活を楽しむため
所有とは責任であり
モノは重荷になる
どんな重荷を背負うかは自分で決める
ペトリは実験を通してこう学んだ。
自分にとってなにが必要かそれを見極め、自分で選ぶこと。

おわりに

僕はいままで20十カ国以上旅をしてきた。旅をするときはカバンひとつだ。
旅をしているときはなにもいらない。
普段の生活で必要と思えるモノは、旅にはいらない。
からだひとつと、バックパックひとつで十分だ。
きっと僕らの人生も同じようなものだと思う。
人の人生は移動し続ける。
それは旅と変わらない。

 



ネットフリックスおすすめドラマ!!ブリティッシュ・コメディLovesick(邦題:恋愛後遺症)がおもしろい!!

ネットフリックスおすすめドラマ!!ブリティッシュ・コメディLovesick(邦題:恋愛後遺症)がおもしろい!!

ロンドンに住んで以来イギリスのドラマ大好きです!!
I love British sitcom.どうもKeigo(@keigxgiek)です。

最近あなたはなにを見ていますか?僕は最近ドハマりしているドラマがあります。
それはLovesick(邦題:恋愛後遺症)というドラマです。邦題がダサくてちょっと拒否反応が出る人が多数かと思いますが、自信を持って言えます。おもしろい!!

 

あらすじ

クラミジアの診断を受けたディランは、過去に関係を持った全ての相手に、自分が性病を持っていたことを伝えなければならない。親友のルークとイーヴィーと共に、ディランはどこかきまりの悪いそのタスクを進めていく。
過去を振りかえるうちにディランは、自分がイーヴィーに強い思いを抱いていることに気づく。過去に、イーヴィーはディランに思いを寄せていた。しかし彼女はこれから結婚してしまう。すれ違った二人が、選ぶ道とは・・。

ルークは女好きで、軽い関係ばかりを求める。しかしそれには過去の手痛い失恋に原因があった。

それぞれ三人が、傷つきながらも愛を探していく。

 

ささいな出会いのシーン一つとってもイギリスのドラマは洒落ている

カフェのカウンターで、ディランがペイストリーを取ろうすると、同じものを取ろうとする女性がいた。プレートあるのは最後の一つ。

「悪いけど、ええと..これ欲しいのかな?」ディランが言う。
その女性が返す。「うん、なんかそんな気分なの」
「えっと、ちょっとこれ気まずいんだけど、僕はこういうことに対しては、とても紳士的なんだ。大抵はさ」ディランは微笑みながら継ぎ足す。「でも僕チェルシーバンズには目がないんだ。だから・・・殴り合いで決める?」
二人はこのジョークで笑う。
そこでディランは優しくこう言う。「どうぞ」
女性は言う。「とても親切なのね」強い目をして女性は更に言う。「殴り合いをしたとしても、勝つのは私でしょうけどね」そして去り際に一言足していく。「それはあなたもわかってるだろうけど」

正直ドラマの中では、ディランが過去に関係を持った女性の一人と出会うささいなシーンです。そういう細かいシーンや短いセリフの中にも、英国流のセンスの良さがにじみ出ています。

イギリスのドラマはやっぱり良い!!

ストーリーを楽しむのはもちろん、こういう細かいシーンにも集中して見ると、イギリスのドラマは何倍も魅力的になります。そんな素晴らしいシーンがたっぷりつまったドラマ、Lovesick(邦題:恋愛後遺症)。おもしろいです!!
まだ僕も全話見てないので、これから続きを見ます!!
Lovesick(邦題:恋愛後遺症)はNetflixで見ることが出来ます。現在シーズン2まで放映中。一話20、30分なので時間がない方も気軽に見れます。

 

Netflixについてはこちらをどうぞ。
レンタルビデオより断然動画ストリーミングサービスがおすすめな理由

AmazonのFire TV Stickがあれば、さらに良い環境で見れます。
Fire TV Stickを使ってテレビをもっと自由にしよう

もしこのドラマが好きなら、このドラマもおすすめです。
【オーストラリアン・コメディ】Please like me 【LGBT】

 

Fire TV Stickを使ってテレビをもっと自由にしよう

Fire TV Stickを使ってテレビをもっと自由にしよう

おはようございます。寝る時間を少し削ってでも海外のコメディ見てます。どうもKeigo(@keigxgiek)です。

みなさんはNetFlix・Hulu・U-Next・Amazon Prime Videoなどの動画ストリーミングサービス使ってますか?

使ってない・知らない方がいたら是非こちらをチェック!!
レンタルビデオより断然動画ストリーミングサービスがおすすめな理由

 Fire TV Stickでなにができるの?

せっかくストリーミングサービスに契約しているのであれば、もっと良い環境で見たいですよね?
パソコンの小さい画面で映画見たり、連続ドラマを見るのは正直疲れる。
そんなあなたにはコレです。

アマゾンのFire TV Stick

 

これでなにができるかと言うと

自宅のテレビに繋いでストリーミングで映画やドラマを見ることができます。
NetFlix・Hulu・U-Next・Amazon Prime Videoはもちろんのこと、

You Tubeを居間のテレビで見ることや、ネットのテレビAbema TVを見ることだって可能です。

実をいうとテレビだけではなく、パソコンのモニターに挿して使うこともできます。なのでもう高額なテレビは不要ですね!!

アマゾンのFire TV Stickとストリーミングサービスさえあればもう家で退屈になることはないはずです。膨大な量のコンテンツにリビングのソファからアクセスすることができるのです。
自宅にいながらにしてエンターテイメントの海にダイブして自分が楽しめるものを見つけることができる。これってすごくないですか?

でも高いんでしょ?

驚くなかれ、アマゾンのFire TV Stickはなんとお値段
4980円!!

週末に飲みに言って二次会まで行ったらこれくらいですよね?
それでエンタメの海への入場券が買えるなんて安くないですか?

 

おわりに

僕が子供のころから比べると楽しいものがどんどん身近になってきているように感じます。そして種類も増えてきている。テクノロジー発展には本当にありがたいです。

僕は中学に入ってレンタルビデオ店の会員カードを作りました。そして暇さえあれば旧作のビデオを借りて映画やドラマを見ていました。それが気がつくとビデオがなくなり、DVDに変わっていました。そしていまそのDVDさえ消えかけています。今はストリーミングの時代です。

少し調べるだけ世の中には素晴らしい娯楽がたくさんあります。そしてお金もほとんどかからない。
もちろん娯楽だけでは人は生活出来ませんが(一部の人を除いて)世の中に自分が楽しめるものがある、そういう事実は結構大切なんじゃないかなと思います。

もし今退屈しているならアマゾンのFire Stickとストリーミングサービス使ってみませんか?退屈しているなんて時間がもったいないですよ。

朝のニュース、ミサイルからの避難方法

朝のニュース、ミサイルからの避難方法

朝起きて、寝ぼけたまま朝食を取った。テレビにはいつも通りくだらないニュースが流れていた。浅田真央の引退がどうとか、木村拓哉の映画がどうとか、そんな間にこんなニュースをが挟み込まれた。

ミサイルからの避難方法。日本向けて弾道ミサイルが発射された際には、Jアラートという防災システムを利用して避難警報が知らされる。
ミサイルの着弾に備えて、近隣の建物の中へ避難すること。
弾道ミサイルが核弾頭である場合には頑丈な建物の地下に避難すること。
ニュースのアナウンサーや芸人が割に明るい口調で話していた。

朝寝ぼけていたせいもあって冗談みたいに聞こえた。しかし今の北朝鮮とアメリカの緊張した状態を考えると割にジョークでもないよなと、少し思った。

アメリカは中国が協力しないなら自分たちで解決すると言っている。そしてシンガポールから原子力空母を出港させた。(連絡ミスでインド洋へ向かったが)
それに対して北朝鮮は日本を通してアメリカへブレーキをかけようとしているのかこう発表している。もしアメリカが北朝鮮と争うのであれば日本も被害者になる、と。日本には米軍基地があるから、当然標的になるだろうし、日本の大きな街も狙いの的になってもおかしくはない。
米軍は2017年4月7日にシリアの空軍基地に60発のミサイルを発射している。シリアが化学兵器を使用したことへの措置とアメリカはしている。これは北朝鮮にとって大きなプレッシャーになったに違いない。
北朝鮮も折れずにそのまま核開発を続けた場合アメリカはどんなアクションを取るのだろうか。

あと直接関係があるのかわからないが、最近ロシアの偵察機が日本の近くを飛行した。北海道の千歳の航空自衛隊基地からスクランブル発進をした。

北朝鮮、あるいはアメリカのどちらかが手を出せば、そこから争いは始まる。日本も巻き込まれるし、韓国もなにもしないというわけにはいかない。
当然戦争になればアメリカが勝利を収める。北朝鮮と韓国はおそらく併合する。いまの北朝鮮は中国とロシアに隣接している。アメリカの影響が強い国を中国とロシアが置くのを歓迎するとは思えない。

僕にはなにが起きているのか詳しくはわからない。普段もそれほど熱心にニュースは追わないし、理解できない。なんとなく緊張した雰囲気だけは感じる。僕のまわりの人もあまりこのことについて気にしていないようだ。そしてそれは僕を少し不安というか、微妙に気持ち悪い感じにさせる。結構大変なことが持ち上がっているようなのに、だれもそれを気には留めない。

朝のニュースで流れたミサイルからの避難方法。なんだろうこの気持ちの悪さは。あまりおおごとにならなければいいけれどと思う、そしてこういう波風立てない考えが、ここまで自体を悪化させたのかなとも同時に思う。

 

内閣の公式HPにミサイルからの避難方法のPDFファイルを見ることができます。
http://www.kokuminhogo.go.jp/backnumber.html

 

【ひとりでいるのはそんなに寂しい?】森博嗣の孤独の価値を読んで思ったこと【food for thought】

【ひとりでいるのはそんなに寂しい?】森博嗣の孤独の価値を読んで思ったこと【food for thought】

はじめに

孤独の価値を読んで思ったことを書いていく。最初に断っておきたいのだけれど、これは書評ではない。森博嗣の【孤独の価値】を読んで僕が思ったことを、ただ単純に書くだけだ。読書感想文と思ってもらってもいいし、僕の勝手な意見とも思ってもらって構わない。
どうやら僕は本について書くことが苦手なようだ。だから書評というスタイルは放棄して、勝手に書かせてもらう。ただ本はfood for thought(考えるためのアイデア)として使わせてもらう。
僕は読んだ本の内容はすぐに忘れてしまう。だから自分でも気づかないうちに読んだ本のアイデアを借用していることがある。あるいは気づいていながらも、素知らぬ顔で借用していることもある。ご容赦頂きたい。

孤独の価値

 

ひとりでいるのは寂しいこと?

ひとりでいるのは寂しいことだろうか?それはどうして?そもそも、それはそんなに悪いことなのだろうか?
寂しさについてちょっと考えてみよう。

どんな時に人は孤独になるのか?

人は、どんな時に寂しさを感じるのだろうか?まわりに誰も人がいない時?それとも、周りに人がたくさんいるのに、誰も自分のことを気にもとめない時?僕は後者の方が寂しいと思う。
まわりに誰もいない時は、どちらかというとすがすがしい気分になる。ひとりで森の中を歩いたり、夜の静かな街を自転車で走ったり、だれもいなくて気持ちが良いと僕は思う。
飲み会でみんな楽しく話しているのに、自分は話題に着いて行けない。どこか居心地の悪いような感じがする。むしろそんな時に寂しい気持ちにはならないだろうか?
あるいは飲み会を存分に楽しんだとしても、解散したあと楽しさが急に去ってしまって寂しい気持ちになる。帰り道急にしんとした気持ちになって、現実に戻ったような気になる。自分を満たしていたものが急に失われて、少し寂しい気持ちになる。
なにもないことが寂しいのではなくて、あったものが失われるときに人は寂しさを感じる。こういう時に寂しさはやってくる。

つながること、つながりすぎること

テクノロジーの進歩のおかげで人と人のコミュニケーションの幅が広がった。また他人とコミュニケーションを取ることも手軽になった。
フェイスブックやツイッターやインスタグラムをはじめとするSNSで他人といともかんたんにコミュニケーションが取れる。
直接会ったことがない人とコミュニケーションを取ることも簡単だ。外国語を知っていれば、国を超えてコミュニケーションを取ることだって可能だ。今は誰とだって話ができる。
つながることが簡単になった一方、ひとりでいる時間が減った。ここで言うひとりの時間というのは、物理的・精神的にひとりの状態を指す。ネットにも繋がっていないし、まわりには自分しかいない。そういうひとりの状態だ。
暇さえあれば(暇がなくてもわざわざ)みんなまめにSNSをチェックしているのではないだろうか?
人によっては、まわりに友達がいてもずっとスマートフォンの画面を見続ける。目の前の人より画面の友達の方が大切なのだ。
この必要以上につながりを求める行為は、異常な状態だと思う。それはまるで空腹でもないのに、食事を取り続けているかのようだ。もはや味なんてわからない状態でも、なお食う。
それは孤独という隙間を恐れているからだ。隙間ができないようにつながりをたらふく詰め込む。

 

つながることは簡単だが断ち切るのはエネルギーが必要

人とつながること、これってなんて簡単な事だろう?札幌くらいの大きさの街でも、外に出れば人に会える。シャイと言われている日本人でも、夜の街に出ればいろんな人に会える。ビールを一杯飲む間に他人はトモダチに変わる。
すでに書いたがSNSを通して他人と関係を築くことも可能だ。

しかし断ち切ること、それはとても面倒。トモダチになるよりも大きなエネルギーが必要だ。

孤独は自由

別に一人になることを勧めているわけではないけれど、孤独や寂しさを知ることで、わかる人の温かみはあると思う。
ちょっと距離を取ることで、近づくことで、それぞれの視点で、それぞれの発見がある。
一人にも楽しいし、人といるのも楽しい、そう思えるのがちょうどいいと思う。少なくとも僕はそう思う。つながりを求め過ぎる現代社会、少し距離を取って、孤独の価値を考え直してみるのも悪くないのでは?

 

待つことはやめよう

待つことはやめよう

待つことについて

どうもkeigoです。シャワーを浴びながらこんなことを考えました。

待つことは良くない。

失うもの

人は何かを待っている時に二つの大切なものを失います。

それは時間と機会です。

待っていても時計の針は止まることなく動き続けます。準備が完全にできたら、あれをしようこれをしよう。それでは手遅れになります。

やりたいことがあるならすぐにやらなければ、準備は準備のままになります。そしてやがてモチベーションは下がり、その準備に対して使った時間は人生の重荷となります。

僕は音楽がとても好きでした。もちろん今でも好きですし、毎週新しい音楽を聞いたり、週末にはクラブにもいくし、夏には夏フェスにも行きます。気が向いたらギターも弾きます。

中学生の時から楽器を始めて、高校生でバンドを組んで、大学生になってもだらだらと音楽を続けていました。ロンドンに行ってからもわざわざギターを買って音楽をやろうとしていました。もちろんライブをしたり、曲を撮って友達に聞かせたりしましたが、自分の作った曲をちゃんと世の中に出すことはしませんでした。恐かったのかもしれません、人から批判されることが。もしちゃんと世に出せば、100人に1人くらいは、ちょっといいかもなんて思ってくれたかもしれません。批判も集めれば情報になり、そこからなにかを学べていたかもしれません。でも僕は一歩踏み出せずにただただ時間と機会を浪費してしまいました。

準備(インプット)と実行(アウトプット)を繰り返して進むこと、それがやりたいことを実現する方法です。上手にできなくても良い。とにかく人に見せてみよう。

 

なんのために待つのか

あなたは今なにを待っていますか?そしてそれは何のために?

人生には耐える時もあります。ですが苦痛のために今を犠牲にする必要はないです。
我慢するならば、その奥に目標や希望があるべきです。

もしあなたが我慢の奥になにも喜びが見えないのであればそこから一歩踏み出すべきです。

もしかしたら既にあなたは自分が何したいのか知っているのではないでしょうか?自分ではそれに気づきながらも、見えていない振りをしているだけです。「現実的な理由」と称して勝手に壁をつくっているだけでは?

 

とにかくやってみる

なんでもいいからとにかくやってみることが大切です。当然失敗は避けられません。

でもそこからひとつひとつ教訓を得ていけば、それが蓄積し、やがてかけがえのない経験になります。

例えば僕の経験した事でいうとこういうものがあります。

大学を卒業した後、僕は日本での就職はせずにロンドンへワーキングホリデイのビザを使って行きました。リーマンショックで当時の就職は超氷河期。特にやりたい仕事はないし、別にいま日本で働く必要はないと思い渡英を決断しました。お金は大学に入ってからバイトをして貯めていました。

渡英をするため僕は宣伝に流されるまま、留学エージェントを使い、大きな出費をしてしまいました。エージェントに支払う仲介料に、渡英して最初に泊まるホームステイ先、語学学校、ロンドンの日系不動産屋、それらは度が過ぎるほど高額でした。そこから僕は学びました。

不安は人からお金を奪う。そして先の見えない事が人を不安にさせる。まずは知る事が大切だ。
まずはたくさん情報を集める。そして整理する。それから判断する。それだけでピントの外れた決断を減らせる。

高い勉強代を払いましたが、僕は多くの教訓を学びました。そしてこの教訓は実際になにかをやって、後悔して、そこからやっと学べたものでした。行動して、失敗してやっと発見できた学びです。

最後に

ここで僕が伝えたかったのは、とにかくやってみようということです。準備は大切です。でも準備は行動のためのものです。下手でもいいし、準備が完璧に整わなくでも一歩踏み出してやってみよう。そうすればそこからなにかを学ぶことが出来ます。
この文章も、僕の考え方や伝え方は粗末でしょう。それでも公開して、失敗して少しずつ学んでいきます。

札幌ハウス・ミュージックの聖地Precious Hallに行って来ました

札幌ハウス・ミュージックの聖地Precious Hallに行って来ました

再オープンしたハウス・ミュージックの聖地Precious Hallに行って来ました。

 

札幌のクラバーなら名前を聞いた事があると思いますが、普段クラブに行かない人は知らないのかなと思います。

電気グルーヴの石野卓球などの有名な人もここでプレイしています。昨年はベルリンの伝説のクラブTresorのイベントを開催していました。

Precious Hallの特徴はまず音の良さです。フロアーのどこにいても気持ちの良い音が聞こえます。正方形のフロアーの角4つに巨大なスピーカーが配置されていて、フロアーを揺らします。

照明も抑え気味で、ちゃんと踊るための雰囲気が出来ています。そういうクラブは札幌ではここくらいです。

 

新Precious Hall

移転後の店舗で良いのは、フロアーの外やバー・カウンターの前に座る事ができる場所がたくさん用意されている事です。

フロアーの外で静かに休んだり友達と話してもいいし、バー前のソファで音楽を聴きながらチル・アウトしてもいい感じです。

客層は高めで、札幌的なクールさを持った人やいかにも音楽好きそうな人がいました。古着系とかアウトドア系の服装の人が多かった。

落ち着いたところなので女性だけでも安心来れるはずです。

 

エントリー

僕が行った時は土曜のイベントだったのですが、イベントのフライヤーなしでも1000円で入れてくれました。値段は男女同じです。これにはPrecious Hallのアティチュードを感じます。

事前にフライヤーが欲しい方は、ハイポジション、リアルモンキー、シューゲイザーなどの服屋に行くと置いてあります。

イベントのページを携帯で見せるだけでもフライヤーありの料金で入れてくれるかもしれませんが、用意出来るのであれば前もって貰っておくのが良いと思います。

 

バー・カウンター

ドリンクのメニューは豊富でしたが、まだ移転して間もないせいか、つくれないと断られたカクテルがいくつかありました。値段は他のクラブやバーと同じでワンコイン程度です。バーは特に特徴はないです。しいて言えばビンのジンジャーエールがおいしいくらいです。

 

アクセス

移転後はパルコの横のパレードというビルの地下2階に移りました。パレードのビルに入って、そのまま真っ直ぐ進み階段を降りて行くとPreciou Hallに入れます。

Parade B2F

〒060-0062 北海道 札幌 市 中央 区 南 2 条 西 3 丁目 13−2,3

precious hall

 

Precious Hall公式サイト

【オーストラリアン・コメディ】Please like me 【LGBT】

【オーストラリアン・コメディ】Please like me 【LGBT】

ジョシュはクレアから突然の別れを切り出される。理由を聞くジョシュにクレアは返す。「だって、あなたゲイでしょ?」と。

ジョシュにはルームメイトであり、親友のトムがいる。トムの職場で彼の同僚ジェフリーにジョシュは出会う。そして二人はすぐに心惹かれ、一夜を共にし、ジョシュは自分がゲイであることを自覚する。

 

Please like meはオーストラリアのメルボルンを舞台にしたコメディ・ドラマだ。ジョシュ・トーマスが自ら脚本を書き、主演を演じている。

母親の精神的な病気や自殺傾向などのシリアスなテーマにもどこかヒラリアスなトーンでオブラートをかけている。どこまでがフィクションで、どこまでがノン・フィクションなのかはわからないけれど、ジョシュ本人の生々しい体験を通してつくられただろうという印象を受けた。

ジョシュとトムは役の名前ではなく、本名で出演しているし、二人がなにかを率直に伝えたいのだという意思を感じる。

このドラマが魅力的なのはその率直さのおかげだと思う。もちろんドラマはつくりものだから、本当の意味ではノン・フィクションにはなりえない。

でもその大胆なストーリー・ラインのせいか、セリフの言葉選びなのか、演技なのか、はたまた全てがそうなのか、このドラマはとてもリアルな感じがする。

 

このドラマ主要なキャラクターはみんなディスオリエンテッドな感じで、どうすればいいのか、どこに行けばいいのかわからないで迷っている。

ジョシュにしても、新しい自分に出会って、それを幸せに思っていながらも付き合う相手との関係に頭を悩ましている。相手が情熱すぎるからと別れたり、急に思い立って相手との関係を終わらせてしまったり、セルフィッシュにふるまうことが何度もある。

さらに自殺未遂をした母親との関係や、自分の将来に対し心配を寄せる父親との接し方もわからないままでいる。それでもジョシュは彼なりに努力を続ける。いつも明るく、ジョークで相手を笑わせたり、思っていることはなるべく率直に伝えようとしている。

ルーム・メイトのトムは常に女性との関係に悩んでいる。ジョシュと別れたクレアと付き合ったり、浮気をしたり、好きでもない相手と関係を結んだり、コール・ガールを呼んだり、やっぱり怖気づいて隠れたり、女性とうまく関係をつかめないままでいる。トムはトムなりの誠実さで、自分をあらわそうとしてはいるものの、最終的には関係に不具合が生じて終わりを迎える。

クレアは自分の人生でなにをすればいいのかわからないでいる。トムと恋人関係を保ったままドイツへと移住する。そしていつしか二人の関係は終わる。

その後ドイツでの数年の滞在から帰国したクレアは自分の現状に対しトムに不満を言う。クレアは自分がいまどこかにいないということをただ不満に思っていて、そのやりきれない苛立ちや人生への不安に大きな焦りを感じている。

おもしろいのはシリーズ全てが終わってもそういった迷いに対して明確な答えがなにも示されないことだ。迷いはありつつも環境や状況は変わる。それで生活に変化がありつつも本質的になにかが解決されるわけではない。そのような部分がすごく生々しくて共感してしまう。

僕らの生活にしても似たように思える。進学して、学校を卒業して、就職して、結婚したり、転職したり、人生に変化は訪れる。でも本質的な問題はなかなか解決されない。なにが問題か見つけるのも困難であるし、そもそも問題があるのかどうか判断するのも楽ではない。では問題がなにもないのに、それほど幸せな感じがしない。現状を見れば満たされているのに、足りていないものを探してしまう。過去には怒りが溢れているし、未来には不安が待ち構えている。未来の幸せについつい僕らは期待を寄せてしまう。あれがあれば、これがあれば、幸せになれるんじゃないかって思ってしまう。それは間違ってないのかもしれないけれど、目をこらせばもっと近いところにそれはある。今を見つめれば僕らは幸せを感じることができるのではないだろうか。

このドラマを見ながらそう考えました。

 

Please like meは全話NetFlixで見ることができます。

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